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言葉だけじゃなく態度を大事にする意味

広島で心と体をトータルアプローチ
こんにちは。吉田かおりです。

日々あなたが話をする相手に対して、あなたは何か意識されていることはありますか?
「口角を意識して人と話をする」と言われた方がおられましたが、とても良い心がけをされているな〜と思いました。

話をすること、その行為に特別なことは不要です。
思ったこと、話したいこと、それを「口にするだけ」で言葉として出てくる。
そして相手に聞いてもらえる。

だから、口にしたことである程度(もしかしたらほとんど)自分の言いたいことへの理解をしてもらえているものと、思い込みがちです。

例えば写真を撮るときに無表情で写してみると、それを見たらどう感じるでしょう?
なんとも・・・恐い顔に写っていませんか?
ムッとしてるように見えるというか、面白くなさそうに見える。自分ってこんなに不細工だった?と思ってしまう。
大体の人はそんなもんです。

「歯を出した笑顔」ではない写真が必要だとします。
それでも無表情(無心)の写真は全く冴えません。全然ブーです。

気持ちを「よし!」「OK!」「はい!」「ウフ!」「ルン!」って感じで前向きに持ってカメラのレンズに向くと自然に口角や頬が上がり、歯を出して笑ってはいなくてもかたく怖い無表情ではなく前向きな表情に変わります。

 

表情とは態度でもありますが、
それが無意識なのと意識しているのとでは大きく違うものなんですね。

言葉も全く同じです。
ただ話しているその言葉が一人歩きしていませんか?
勝手に全て理解してもらえていると思い込んでいませんか?

違う理解をされていることに気づいた時に「なんでそんな風に受け取るわけ?」と相手を責める前に自分の言葉と態度とを丁寧に表現していたかどうかに注目してみることです。

 子どもとの会話

例えば子どもに対して「〇〇ちゃん大好きだよ〜、すごいねえ〜、そうなんだね〜よくやったね〜」などの言葉を発していたとしても、そこにその態度がなければ相手との関係性は非常に薄っぺらいものになってしまいます。

特に子どもに悪影響が強いのは、良い言葉をかける割には態度はいつも冷たい、自分のことばかりを優先にして子どもに関心を向けていない親の在り方です。

発している言葉(悪くない言葉)とは裏腹な「態度」。
それをしている側は重要視していないものですが、受け取る側はこの態度をとても強く受け取ります。

その受け取りは子どもであるほど「自分は大事にされていない」「自分は邪魔者だ」「自分は重要ではない」「自分はいてはいけない存在だ」こう言った自己否定になります。

子どもに目を合わせることなく子どもに良い言葉をかけても結局子どもは傷つきます。

話しかけられた時、”子どもの話を聞こう”と思ってそうしたとしても、その時の心が「私の邪魔をして、いま忙しいのに」その心のまま行動しないことです。その態度を子どもの前ですることがどれだけ子どもを傷つける行為なのか、自分を振り返ったら本当は知っているはずです。

時間でいうとほんの1秒程度のことかもしれません。
その瞬間に「忙しいけど一旦、数秒、数分、子どもに注目しよう」そう決められないのなら、「ごめん、これが後5分もしないうちに終わるからそれから見に行かせてもらえる?」などときちんと対応しその約束を果たすことの方が健全な関係が築けます。

 

中途半端に良い親になろうとすることで、子どもは雰囲気で傷ついています。
子どもがまだ幼いほどその空気、雰囲気で傷つき、自尊心が育まれません。

言葉のように明確ではない”態度のメッセージ”。
「察する」ことで受け取ったものはとても大きいのです。

このような親子の関わり方をしていると、子どもは大人になっても心がいつも満たされたない寂しさを抱えてしまいがちです。

セッションにてお話をお伺いしてくと、

「子どもの頃の親との関係が強く影響していますよ」「え!?いや、そんなことはないですよ。今でも親には感謝していますし、ひどいことなどされてもいません」そのようにお話しされるクライアントさんもいます。

 

明らかな虐待やこんなひどいことをされた、そういった明確な行為を受けたわけではない人ほど、自分が子どもの時に親が醸し出す雰囲気で傷ついていた事実を認められません。大人になった思考で当時の親を察することで、良い関係だったという形を維持したいのです。

 

「この人と話していると、どうしてか嘘っぽく感じてしまう」
「目つきが気になる、嫌な感じがする」

そういった感覚を抱く相手がもしいたとしたら、そのような感覚は大事にしましょう。その感覚に気付いた自分の中に、この違和感ってなんなんだろうねって、問いかけてみるだけでもいいと思いますよ。

また、子どもの頃の親との関係の中で、認めたくなかった自分の傷ついた気持ちが存在していたことを認めたとしても、それは親を嫌うことでも否定することではないという認識をしておくことです。

自分への向き合い方を知ることであり、扱える領域は自分のみです。
自分の望ましい在り方を見つけることだけです。

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