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いい人ぶるから上手くいかないんでしょ

こんにちは。吉田かおりです。
私はヨガと出会い学びをしていくうちにめちゃくちゃいい人ぶるようになっていった部類の人間です。
ヨガって汚いものではなく綺麗なもの、神聖なもの、崇高なもの、愛、平和、智慧、調和・・・
このような言葉がたくさん表現できます。で、その学びを深めていくと知らず知らずのうちにいい人ぶっている、なんてことが起きがちなのです。

納得できない相手のいいところを探す癖はやめよう

いい人ぶる人は、世の中の人間の善を見つけることが上手です。
悪と見える部分が相手にあったとしても、決してそれはその人の全てではないということを学んだから。

でもね、でもね、よーく考えてみてください。

自分の大切な人が殺されたとしても、大切な人の命を故意に絶った相手の悪をスルーして善を見つけますか?
きっと、それは簡単なことではないことは想像がつくことと思います。

だったら日常の中で納得できないこと、とても気に入らないこと、そう感じた自分に対して「そんな風に感じちゃいけない」と思う必要はありません。

気に入らない人やその出来事の文句を言うことは下品でも悪いことでもありません。

でも、いい人ぶる癖がついている人は、イエスではなくノーに属する表現をしません。
文句が言えません。
人の悪口なんかも言えません。

自分が受けたダメージを平気でスルーさせ、相手の善ばかりを探すからです。

そうやって、現実的にはいろんなところで自分の金銭的な損をしていたり、悪い人に騙される対象になっていたりしていることに気づかなければ・・・!!

文句や悪口も言おうね。

必要な場面で文句が言えないようでは、本当は受けるべきサービスを受けられなかったり、何も言わない人間だと見抜かれ相手に都合よく対処されたりするんですよ。こちら側が対価を支払っているにもかかわらず。

人の悪口が言えないようでは上手くこの現実社会を乗り切っていけませんよ。
程よく心のガスを抜くことは健全なことです。

ただ、人の悪口ばかり言っている人は、相手や環境が変わっても似たような愚痴ばかりを言い続けているということも少なくありません。また、人をたたいて自己存在に価値を見つけるような悪口集団もいます。
こういった人たちは群れでしか行動できず、また自分の本当の価値が見つけられないため、人の悪口を言うことで「(人を下げ)自分を上げられている」と思い込んでいます。

これらはネガティブに偏りバランスを崩した状態です。

こういった人の汚さ、腹黒さなどのネガティブな部分に極端に偏っている人には、人の美しさ、愛や受容、光などのポジティブな部分があることを取り入れてほしいと願います。

そして、どんな人や出来事にでも相手の善を見つけてスルーしてしまう人は、この逆を取り入れてほしいと願います。

「ポジティブに偏った」”愛の人”は、現実の世界では実際に損を受けやすいもの。
「人は本来みな清らかで美しい存在なんだから!目の前にどんな汚れたことがあったとしてもその人の本質を私は信じる!」と何でもかんでも許し信じてしまうから上手くいかないのです。

ポジティブで善で清く美しく生きていたいと人は本質的に望んでいます。
だからこそネガティブな要素をなくせばいい、と考えるのは浅はかなことです。だってなくせるわけなんかないじゃないですか。この世界にすでにあるそれを切り捨てることで調和で豊かで幸せとなるのか・・・?
いやいやそうじゃない。
それは自己分離を増し生きづらくなるだけです。光も闇も統合することなくして調和を求めてもダメなのです。

どんなにスピリチュアルに惹かれても、私たちは「物質である人間」なんです。
どんなに自分の魂を大切にし目に見えない存在を重要としても、まず物質なんです。

物質であるとういことをすっ飛ばして精神世界にのめり込まないでください。
同時に物質主義に偏るのもダメですね。

この苦しみであるこの世を全うに生き抜くためには物質が全てではますます苦しい。ブッタの言葉にあるように、生老病死は四苦であるのです。物質主義に偏ることは、この苦しさを終わりにしようと自らが死を選ぶことを安易にさせてしまう・・・。肉体が全てだとしか考えられないから死ねば全て終わりになると思う・・・。

自殺は絶対ダメです。物質である肉体を自らが殺したとしても魂が生きてます。終わらせようと思って終わらせることはできないのに肉体を殺すと苦しみが増します。
だからちゃんと地に足をつけて、その中で精神活動を大切にすることが必要です。

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